講師の独り言

母国語である日本語を知らず知らずのうち誤用していることが結構多いとテレビでやっていました。例えば「元旦」は1月1日を意味するのではなく同日の朝だけを指すとか、「姑息」には卑怯な意味合いはなく、一時しのぎという意味であるとか、はたまた「破天荒」には豪快といった意味合いは全くないとか、多くの人が誤解をしている表現がほかにもたくさんあるようです。

確かに母国語を学ぶときのプロセスを考えてみてもすべての単語を辞書を使って確認いるわけではありません。むしろ多くの場合はその単語もしくは表現が使われた経験やシチュエーションから推測してその意味を知るようになっているはずです。もちろん意味の取違いを防ぐためにも義務教育などを通してきっちり辞書を使って漢字を覚えたり、意味を覚えたりすることも非常に大切なのは言うまでもありません。

ただ母国語形成に一番大きな役割を果たしているのは毎日いろんな状況や場面においてシャワーのように浴びせられる日本語であるということについては間違いないはずです。このことは私たちの中で無意識に気が付いていることです。

例えば長年日本にいて英文法を研究し、それに精通した人の英語とごく普通のアメリカ人が話す英語のどちらをお手本にするかと言えば、ほとんどの方は後者を選ぶのではないでしょうか。それは理屈で学ぶのではなく体験で学んだ英語の方が良いとわかっているからです。どんな文法的な説明をするよりネイティブが一言そうは言わないといった方がはるかに説得力があるのです。

話が長くなりましたが何を言いたいのかというと語学において一定の水準に達するためには量をこなすという作業は避けて通れないプロセスでありそうでなければ見えてこないものが必ずあるということです。こちらの教室では精聴や単語をきっちりと覚えていきます。これが学校の義務教育に当たるとすれば、これを土台としてさらに英語に触れる場を作っていくことが理想だといえます。

ただ、忙しい方が多いのでなかなかそういった時間を作ることは大変だというのもよくわかります。そこでお勧めしたいのは英語を日常生活に取り入れ勉強とは別に英語を生活の一部にすることです。どうするのかというと至って簡単で普段日本語でしていることをただ英語に変えるだけです。

例えばパソコンのブラウザのトップ画面を多くの人はヤフーにしていると思いますが、それをアメリカ版YAHOOに変えてしますのです。そしてその画面が現れると必ずスクロールダウンしてざっと見出しに目を通します。結構面白い話題であふれていることに気づかされます。日本の記事も結構出ています。今日見たところでは地方議員が議場に赤ちゃんを連れてきた話や福島原発の汚染水の問題などが取り上げられていましたし、今関心の高い北朝鮮問題やその他興味深い記事がいっぱいです。

あと映画やドラマも英語で見るのもよいと思います。その際すこし意識してどういった表現がどういった状況で使われているかをチェックするとさらに効果が上がりますし、場合によっては表現を書き留めておきます。そして書き留めて溜まった表現は音読用として使います。その他、工夫すれば趣味や興味に応じていくらでも英語を日常に取り入れる方法があるはずです。効果絶大ですので是非一度試してみてください。