講師の独り言

年末年始の休みもあっという間に過ぎ、気が付いけばもう2月ですか。時が過ぎるのは本当に早いものです。先日、久しぶりにアメリカ人の知人と近況交換をしてきました。聞けば最近は日本語の勉強に力を入れているとのことだったので、それではと日本語で話しかけてさせてもらうこととなりました。

もちろんそこは初心者ということでゆっくり、はっきりと言ってみます。とりあえず「あなたは昨日何をしましたか?」とあまり面白くもない質問をぶつけてみたところ、きちんと文章を組み立て返答してくれました。

ただ彼曰く日本人同士の会話となると話は別だそうで、常に機会があれば会話に聞き耳を立てているそうですが、ほとんどの場合理解するまでには至らないようでした。もちろんこれは立場を変えると英語学習者について言えることでネイティブ同士の英語がほぼわかればもうかなりの達人と言えるのではないでしょうか。

私も学生時代ゆっくり話された英語の学習用のテープを聞いて、もしかして自分は英語ができるのではと密かに思っていたのですが、初めてアメリカのドラマを見たとき、その容赦ないスピードに自信が粉々に打ち砕かれてしまったのを今でも鮮明に覚えています。生の英語というのはこれほど難しいものなのかと痛感させられました。

リスニングができない原因を考えてみるとき、往々にしていろんな要素がからんでいることが多いのですが、私の場合はスピードについていくだけの英語処理能力が欠如していたのが最大の理由でした。他の茅ヶ崎方式の先生が英語は学問というより反射神経の世界だとおっしゃっているのを読みましたが、全く同感です。

以前リスニングとスピーキングのどちらが大切かと訊かれたことがあって言葉に詰まってしまうことがありました。もちろんどちらも大切なのでこのご質問自体にはやはり答えようもないのですが、ただリスニングの方がスピーキングより難しいのではないかということは常に思っています。

自分の言いたいことを伝えるのにはいくつかの表現があることが多くそのうちの一つを自分で選択できます。それに対してリスニングは相手方が選択した表現を知らなければ理解することができません。リスニングは他人のテリトリーといった言い方をされている方がいましたが、まさしくそんな感じでしょうか。またスピーキングはリスニングの力に比例して伸びていくことが通常です。

すべての人がTOEICのリスニングの読み手のように明瞭に話してくれればいいのかもしれませんが、そう都合よくいくはずもありません。ただ上る山が高いからこそやりがいもありますし、だからこそ上達した時の喜びは何にも代えがたいものがあるのかもしれません。